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まだ病院で外科医として勤務をしていた20年近く前の話である。
若い頃に奥様を亡くされ、男手一つで2人の娘さんを育て上げられていた70代の方だった。大学時代の同期の医者から末期の膵癌で最後を看取ってほしいと紹介されてきた。当時は本人に病名を告知することほとんどなく、娘さんたちだけに伝えられていた。娘さんたちにとっては自分たちを苦労して育ててくれたお父さんということで、本当に献身的に支えておられた。
紹介されてきてからしばらくして腹水がたまり苦しいというので入院してもらい腹水穿刺などを行ない、一旦は軽快して退院された。
1ヶ月ぐらいしてから娘さんたちから、食事とも取れず、ほとんど動けなくなったとの連絡があった。私は「すぐ入院できるから病院に連れておいで」と話をした。かなり時間が経ってから彼は2人の娘さんに連れられて病院に来られたので、どうしたのかと思っていたところ、娘さんから「お父さんがどうしてもお風呂に入ってから病院に行きたい」と言って聞かなかったと。そのため2人の娘さんが両脇で抱えながら入浴させたそうだ。
そして、その患者さんは入院して3日後に亡くなられた。彼は知っていたのだ。自分が助からない病気であることを。そして今度の入院が最後の入院になることを。
彼は誰に告げられることなく、自分自身の死期を悟り、身を清めて病院に来たのだ。
男たるもの、かくありたいと思わされた、私の医者人生の中で、忘れられない患者さんの一人である。